ゼミ長になって、少し経ちますがまだまだ慣れないことが多いです。特に苦労したのは仕事の全体像を理解できていなかったことです。
例えば、西川ゼミでは色んな仕事があるのですが、仕事を振る時に全体像を理解できていないと、当たり前ですが人に仕事を振ることはできません。先輩に「あの仕事を誰がやる?」と聞かれてそういえば、と思い出すという感じになっています。
なぜ、仕事の全体像を理解できていないのかと言うと、自分がこれまでゼミの仕事に関して受け身で関わってきたからだと思います。普段から仕事に受け身だから、いざ人に仕事を振る立場になった時に、どういう順番で進めていいのかが分からないのだと思います。
こうして考えると、自分が受け身で仕事に関わっていたのは、とても損だったんだなと思いました。もちろん全ての仕事に関して受け身というわけではありませんが、受け身になっているものが増えれば増えるほど、自分の成長がストップしてしまいます。
例えば、今回自分でもショックだったのが、講演会を企画するときに「誰を呼びたい?」となった時に特に呼びたい人が自分の中でパッと出てこなかったことです。これって、教育に関して自分がまだまだ受け身になっている証拠ではないでしょうか?「Twitterでなんか有名人だから呼びたい」とかではなく、「この人の本のこういうところが、『学び合い』や自分の方向性と合致していて、こういう人を呼べば、『学び合い』に興味を持っている人に刺さるのではないか?」というのが瞬発的に出てこないと、教育に関して積極的になっているとは言えないのかもしれません。
ゼミを卒業すれば、『学び合い』以外の人とも協働して結果を出していかないといけません。そうなった時に、その人達と共通理解を持っているというのがとても大事になってくると考えます。なぜなら、共通理解を持っていれば壁にぶつかっても折り合いをつけることができますが、共通理解を持ってないと、内部から崩壊して結果を出せなくなると考えているからです。風越学園などは色んな考え方を持った先生方が集まって、新しい教育を創っている途中ですが、こういった組織で自分が上手く結果を残せるかは、この共通理解を持っているかどうかが大事だと思います。
そして、その共通理解を見出せかどうかの鍵となるのが、自分が教育に関して積極的になっていることだと思います。積極的というのは、先ほど書いたように、「この人の本やブログのこういうところが、自分の方向性と合致している」ということを自分の頭で考えて見つけれるということだと思います。
自分は『学び合い』に関しては、それなりには知っていますがそれ以外の教育の事に関しては、まだまだ受け身だったなと反省した次第です。