教師が聞かせようとしているものと子どもが実際に聞いているものは全く違う

同じ様に以下の様な問題があったとします。

10kg の重りを20mあげられる機械がある。仕事率100W以上の性能があることを証明する には、何秒以内で20mあげなければならないか?なお、m (kg)の重りを h ( m ) 持ち上げる 仕事 K は 、 K = m × g Xh ( J : ジュール ) である(式1) 。gは重力加速度で10m/seとする。 また仕事Wをするのにt(秒)かかったときの仕事率P(W:ワット)は、P = K / t で ある ( 式 2 ) 。 

何故、理科は難しいと言われるのか9章

研究結果では、おおよそ2パターンに分けられるという結果が出ました。

できる人の解き方 

式1に10kgと20mを代入して、10kgの重りを20mあげる仕事が2000J であることを求める 。その結果と与えられた100Wを式2に代入して100%2000/tでt%3D20秒という時間を出す。 

 教師は理科に対して熟達しているので、この様な解き方を自然に感じます。しかし、できない人と比べると、この解き方は異常であることが分かります。

できない人の解き方 

求めるのは時間であるので、時間tを含む式を探し、その式が式2であることに気づく。 
式 2を見て仕事と仕事率がわかれば、時間tが求められることがわかる 。
仕事率は100wであることが与えられているが、仕事Kがわからない 。

そこで、仕事Kを含む式を探し、その式が式1であることに気づく。
式1を見て重さと高さがわかれば、仕事Kが求められることがわかる。重さは10kg、高さは20mであることが与え られているので、式 1に代入 して仕事Kが2000Jであることがわかる。 

そこで、先の計算によって分かった2000Jと、与えられていた仕事率100w を式を2に代入する 。

  与えられた問題は時間tを求める問題でした。そのため、できない人はどうやったら tを求められるかをまず考えます。ところが、できる人はいきなり時間tとは無関係な式を使っ て計算を始めています。前者のできない人の問題の解き方は、手段目標分析(Simon&Simon1978,Larkin 1981)と言って、私たちが日常的に使っている考え方です。

①ある目標を達成するための手段を見つけ出す
②その手段を達成するための条件が満たされていればその手段を実行し達成する
③満たされていないならば、その満たされていない条件を満たすことを新たな目標とする

この考え方は先の問題でいうとできない考え人の考え方と非常に近いです。日常的な例をあげると

①目標=美味しいステーキを食べる。お金が必要
②お金がない→別の手段を考える
③田中のところへ行く

ですね。しかし、私たちは以上のことをいちいち意識しながらやっていないですよね?無意識に田中のところへいくという考えに至ると思います。これがさらに進むと何故そう思いついたのかが意識できなくなります。認知心理学ではこのことを「自動化」と言います。

先ほどの問題の方に戻りましょう。できる人ができない人に説明しようとすると、できない人からすると「確かに解けるけど、なんか変だ?求めるのは時間なのに、なんで時間を含まない式から始まるんだ?」と感じます。一方でできる人からすると「自動化」されていて、式は無意識に解ける様になっているので、説明がしにくくなってしまいます。無理に説明しようとすると「とにかくこうやったらいいんだよ」とか「これで覚えなさい」という指導になってしまいます。私も物理の先生に上記のことを言われて、物理が嫌いになった経験があります。

先生は分かれば分かるほど良いのか?

 私たちはよく授業を作る際に「まずは教材研究を!」という考えになってしまいがちですが、これまでの流れを考えると、教材研究をすればするほど、分からない生徒はもっと分からなくなってしまうということになります。そう考えると、先生は分かれば分かるほど良いという訳ではないということですね。

 私も大学の学部生の頃は「教師は教科のことを深く知っていいればいるほど、生徒に対して分かりやすい授業ができる様になる。」と信じていましたが、実際は逆で、教師がその教科について専門性を高めれば高めるほど分からない生徒はもっと分からなくなってしまうのです。

 これは物理に限らずあらゆる教科において言えることです。そこからこの教師の限界に対する答えのヒントとして「情報の三階層モデル」が登場し、それが『学び合い』へと発展していきます。

以上のように、「何故、理科は難しいと言われるのか」では、理科の授業での研究結果をもとに「教師と分からない生徒が見ているもの、聞いているものは全く違う」ということが明らかにされています。そして次回からは「学び合う教室」を元に、ここからどう『学び合い』につながるのかについて紹介していきます。

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