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社会で当たり前に存在する情報の三階層モデル

 学び合う教室を作る意義は、社会における頭の良い人に対応する事でした。ではどうすば、学び合う教室を作ることができるのでしょうか?そのヒントは私たちの身近にある社会生活の中での学び合いを見ると分かりやすくなります。

 コミュニケーション研究やコンピュータネットワーク研究によれば、知識伝達に関して、我々の社会はおおよそ三つの階層に分類されることが明らかにされている(野島 1992、後藤、野島 1993)。その三つの階層とは、「ブレイン (brain)」、「ゲートキーパー (gatekeeper)」、「エンドユーザー (enduser)」である。ブレインとは、ある分野に関する専門家で、エンドユーザーとは素人、ゲートキーパーはその中間に位置する半専門家である。図で表すと、図1のように表される。

興味深いのは、ブレイン同士は互いにつながるが、ゲートキーパー同士、エンドユーザー同士はつながらない。エンドユーザーは特定のゲートキーパーとつながり、エンドユーザーは特定のゲートキーパーとつながる。

この三者の違いと役割を簡単な例で説明したい。我々が、コンピュータのことで分からないことがあった場合は、そのコンピュータのサポートセンターに聞きく。このサポートセンターで対応する担当者(たとえばお客様相談員)は、コンピュータの専門技術者ではない。

しかし、大抵の問題はサポートセンターで解決できる。なぜなら、サポートセンターに問い合わされる問題の原因は、「電源を入れていない」、「スイッチを入れていない」等の極めて基本的なミスに起因し、そのミスの種類も少なく、パターン化しているからである。

 もちろん、希にサポートセンターで解決できない問題がおこる。しかし、その場合は、サポートセンターから技術担当者に連絡し、その結果はサポートセンターを通じて我々(すなわちエンドユーザー)に伝わる。この例の場合、ブレインが技術担当者で、ゲートキーパーはサポートセンター担当者、そして我々がエンドユーザーにあたる。これを教室に置き換えるとき、ブレインは教師であり、エンドユーザーが学習者となる。しかし、ゲートキーパーとなる存在は希である。

 一般社会でゲートキーパーの存在理由は二つである。第一は、ブレイン(たとえば技術担当者)の説明は専門的すぎて、エンドユーザー(たとえば我々)には理解することは困難である。逆に、エンドユーザー(たとえば我々)が曖昧な言葉で説明をしても、ブレイン(たとえば技術専門家)に伝えることはできない。一方、ゲートキーバー(たとえばサポートセンター担当者)は馴れているので、エンドユーザーの曖昧な説明も見当がつき、また、エンドユーザーにわかる説明をする。また、エンドユーザーのもつ問題が複雑な原因に起因する場合、エンドユーザーの曖昧な説明を整理し、ブレインに説明することがゲートキーパーはできる。すなわち、ゲートキーパーはブレインとエンドユーザーの間の通訳としての役割を果たすことができるのである。第二の理由は、ブレインの時間等資源の限界に基づくものである。一般にブレインの人数に比べて、エンドユーザーの人数は圧倒的に多いのが常態である。したがって、エンドユーザー全員がブレインに連絡を取ろうとした場合、パンクしてしまう。結局、ブレイン自身からことわられるか、前にならぶエンドユーザーの壁に隔てられ、質問できないという結果になる。

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 以上の例は、情報の流れであるが、ものの流れも同様である。物の流れの場合、生産者がブレインにあたる。問屋・小売店がゲートキーパー、消費者がエンドユーザーにあたる。産地直送が試みられているが、問屋・小売店は厳然として残っている。先の例に当てはめると、問屋・小売店が残る理由は、生産者と消費者の間のコミュニケーションが成り立ちづらいのと、時間等資源の限界から、生産者が消費者に対応しきれないためと考えられる。

 以上のような一般社会における情報・物の三階層は、何らかの意図的なものによって形成されたというよりも、その方法がもっとも効率的なために自然に発生したものである。

 身近な例で挙げると職員集団も似ていると思います。ブレイン(校長)がいて、エンドユーザー(若い職員)がいて、その両者の間にゲートキーパー(教頭や親しい年上の先生)という構造ですね。基本的にエンドユーザー(若い職員)で困ったことがあったらゲートキーパーに相談しますよね(教頭や親しい年上の先生)。まず校長に相談する人はいないと思います。その方がコミュニケーションがやりやすいからです。社会のあらゆるシステムにもこの構造があります。そして誰かが意図して作ったわけではなく、自然的に「これが一番やりやすいよね。」という形で作られているという点も重要です。

教室において、三階層モデルを作ろうとするとどうなるか?

 では、教室において、三階層モデルを作ろうとするとどうなるか?先ほどの例をあげると、教室がガヤガヤした職員室のようになります。若い先生Aは親しい先生に質問しに行き、若い先生Bは誰に質問しようか周りを見ており、一方で若い先生Cは何かの作業をしているという状況です。教室でこのような状況になると、教師は「静かにしなさい!」と言い、生徒の動きを止めに入るでしょう。三階層モデルを潰しにかかります。

 更に、通常の授業では、ブレイン(教師)からエンドユーザ(分からない生徒)へと直接情報が伝達されます。職員室の例で言えば、校長が若い先生にあれこれ教えてくるという状況です。分からない生徒は、その状況でまとも学習ができるでしょうか?

 『何故、理科が難しいと言われるのか』でも紹介した様に、教師と分からない生徒というのは、全く違うものを見ていて、且つ全く違うものを聞いています。教師がその教科について専門性を高めれば高めるほど、分からない生徒はどんどん分からなくなります。大学の教授がその最たる例でしょう。

 そして、分からない生徒は助けを求めてゲートキーパー(自分よりちょっと分かる友人)のところへ行こうとしますが、教師はそれを許してくれません。もう気づいた方もいるかもしれませんが、生徒の学習の邪魔をしているのは実は教師ではないか?という仮説がここで出てきます。

つづき

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